人(子ども、社員)を育てる思考力

テストで0点を取った自分でも、1,300冊の本から考える力が貰えた

運命は存在するか?

動くひとに訪れる

 運命を感じることがありますか?

 人との出会い

 仕事との出会い

 環境(教える立場、導く立場)との出会い

 どれも選べるようで選ばれていることもある。

 

 そんな時、ひとは運命を感じる。

 

 しかしそれは

 ことの入り口に立っただけの話。

 

 例えば

 プロスポーツ選手になると決めて練習をする。

 大きな目標を持つことは悪くない。

 

 そこに至る道は存在する。

 その道に乗るために練習をする。

 

 ここで分かれ道。

 本当にプロになって活躍したいのなら、

 目先の勝敗にこだわらない!

 

 

 これにこだわると

 身体のことを考えずに無理をする。

 無理は通せば道理は引っ込む

 しかし、その道理には怪我がつきまとう。

 

 多くの選手は厳しい練習に耐えられた人がプロになっている。

 

 「〇〇られた」という過去形

 つまり、才能練習量怪我をしない

 そんな人がプロになる。

 

 その上、怪我が少なく活躍する人なんてもっと希!!

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運命は切り開く

 運命は自らのちからで切り開く

 

 こんな話があります。

 運命とは軍が命がけで走って変わるもの!

 

 運命を変えるためには
 それだけのエネルギーが必要になる。

 でも、動けばその可能性はあがる。

 

 もちろん変わらないモノもある。

 それを宿命という。

 

 これは「命に宿っている」もの。

 親子の関係は宿命なのでしょうね。

 

 だから生まれるときに

 親を選べない

 子を選べない

 ということはない。(らしい!)

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なぜ苦労しないといけないの?

 子どもが大きくなると時として苦労する場面がある。

 そんなとき、

 「どうしてわたしがこんなに〇〇しないといけないの?」

 考えてしまう。

 

 子育てにプラスがあるの?
 と考えてしまうのは自然な思い。

 

 しかし、子どもを産んで得るものは先に貰っている。

 それは、

 子どもが一番カワイイ時期を独占できること。

 

 そんな時期はほんのいっとき。

 しかも、あっという間に大きくなって

 その時期のことを忘れる。

(ああ、もったいない!)

 

運命は過ぎた後に気づく

 生きていれば苦労もある。

 生きていれば感動もある。

 生きていれば楽しいこともある。

 

 すべて過ぎ去った後、思い出として思い出す。

 

 子どもがカワイイ時期も

 大変な時期も

 過去になり、振り返った時に気づくことがある。

 「あ~、あれは必要だったんだ!」と。

 

 それを感じるようになるまで、

 運命も宿命も存在することを知ったうえで

 みんなでジタバタして生きましょう!!