人(子ども、社員)を育てる思考力

テストで0点を取った自分でも、1,300冊の本から考える力が貰えた

身の丈に合った方法を取る

あなたに云われたくない!

 

 いまは「身の丈に合った・・・」という言葉は

 何処かの大臣が使って

 物議をよんでいますね。

 

 本来なら

 勉強というのは財の多寡と関係なく

 個人の能力と努力で切り開けるものでした。

 

 しかし、本質的な地頭よりも

 どこで学び、どこの学校を出たか?

 それで比べるので

 結果的に財の多寡が物を言うことになる。

 

 では、学歴でひとを選ばない場合

 ひとをどのように判断すればいいのでしょうか?

 

 企業は働き手がいなければ存続できないし、

 できれば真面目で誠実なひとがいい。

 それで能力が高ければ文句なし!

 

 そんなひとに選ばれる仕事をしていれば

 選ぶかもしれません。

 

 大企業を選んで就職しようとするのは

 名前を知っている、

 その仕事の話を知っている。

 他人に自慢できる。

 そんな程度で選んでいるひとがほとんどでしょう。

 

 だから新人が3年持たない!!

 ひとの思い込みとは怖いものです。

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 金が無ければ身を屈める

 

 一度生活環境を上げると

 なかなか落とすことが出来ない、

 と云われます。

 

 しかし「無い袖は振れぬ」

 という言葉があるとおり、

 無いなら無いなりの中で上を目指すしかない。

 

 日本で財を成して

 その後一文無しになり、

 海外でまた財をなしたひと。

 (ピン!と来たらそのひとです)

 

 彼も、以前はある会社の社長の鞄持ちをしたり

 お弁当を作るバイトもしていた。

 その時はその収入の中から投資資金と生活費をまかなっていた。

 

 「身の丈に合った。」

 その言葉自体悪い言葉ではない。

 

 その使い方とそれを使う立場を考えていないことが問題。

 それを選んだひとに任命責任があるのなら、

 そのひとを当選させた選挙区のひとにも責任はあるのではないか?

 

 権力とは責任が伴うものです!!

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身の丈に合った動きしかできない!

 

 スポーツや武道をしていれば

 身の丈に合った動きしか出来ないことを知っている。

 

 身長が150cmのひとが180cmのひとと同じことが出来るわけがない。

 しかしそれが頭脳労働や勉強となると

 違った判断をしてしまう。

 

 勉強が出来なければ稼げない。

 と思っているのなら、その通りになるでしょう。

 

 しかし、貧しくて勉強が出来なかったから

 会社を興し社長となったひともいる。

 

 もちろん今と昔では社会状況は違う。

 戦後は学が無いひとが社長になり、

 学があるひとを採用して働いてもらった。

 

 現在会社を興すのは学があるひとが増えてきている。

 もちろんそこにはITが関係している。

 それでも他国まで鳴り響く会社は少ない。

 

 過去、自動車や家電産業やスマホ事業でも同じですが、

 トップがふたりいた例がある。

 そこには

 アイディアを出せるひとと

 そのアイディアを形にできるひと。

 それぞれ違う特性を持っていたから上手くいった。

 

 それも「身の丈に合った」と云えるのではないでしょうか?

 

 やはり、まずは自分を知ることですね。

 自分で分からなければ、

 自分に近しいひとに聞いてみること。

 

 自分を知ることで

 違う自分の身の丈を知れるかもしれませんよ!

 

 

 最後まで

 読んでいただき有難うございます。

 

 これからよろしくお願いします。